神々の国からの贈り物

出雲抹茶


産地特性として、島根県は何度も美肌県で全国一位になる程の曇りが多い地域であり、抹茶や玉露を栽培するのと同じ原理で光合成の際に少ない光を取り込もうと葉の葉緑素を増やします。
他の茶産地は比較的日照時間の長い地域が多いため、それらの産地の茶葉に比べて茶葉自体の緑色が鮮やかです。

ほうじ茶パウダー


香月園のほうじ茶パウダーは伝統ある製茶園とのコラボレーションで誕生したオリジナル商品です。
厳選された茶葉を使用し、香り・色・味共に特にお菓子作りにあうよう仕上げた上質なものとなっています。

紅茶パウダー


茶畑の幼木の茶葉を摘んで、自然に任せた発酵でできた紅茶を粉末にしました。
苦み渋みが少なく、茶葉の持つほのかな甘みで楽しめます。
お湯に溶かして飲んだり、お菓子の材料としても使えます。

玄米茶パウダー


煎茶(少し大きめの葉)に玄米(うるち米)をブレンドしました。
お茶の風味と玄米の香ばしさが程よいお茶を粉末にしました。
お湯に溶かして飲んだり、お菓子の材料としても使えます。

煎茶パウダー


産地特性として、島根県は何度も美肌県で全国一位になる程の曇りが多い地域であり、抹茶や玉露を栽培するのと同じ原理で光合成の際に少ない光を取り込もうと葉の葉緑素を増やします。
他の茶産地は比較的日照時間の長い地域が多いため、それらの産地の茶葉に比べて茶葉自体の緑色が鮮やかです。

Made in Izumoの種類

Made in Izumoのサンプル

出雲抹茶サンプルセット
[内容:30g×10種類]
4,500円 (消費税・送料込)
サンプル単品:各30g
神々の国からの贈り物
産地特性として、島根県は何度も美肌県で全国一位になる程の曇りが多い地域であり、抹茶や玉露を栽培するのと同じ原理で光合成の際に少ない光を取り込もうと葉の葉緑素を増やします。
他の茶産地は比較的日照時間の長い地域が多いため、それらの産地の茶葉に比べて茶葉自体の緑色が鮮やかです。
また、栽培している葉の鮮やかさをいかに製品に残すかが製造の際の肝であると考えておりますので、出雲精茶では極力殺青(発酵酵素を殺す工程)に於いて、微量の蒸気と高熱風による瞬間殺青処理により、この鮮緑色を残す製造を行っております。
出雲抹茶の生産者
出雲抹茶の生産者は、全員島根生まれ島根育ちです。
美味しいお抹茶ができること、飲んだ方が美味しいと言ってくださること。
これだけを願い、雨の日も雪の日も毎日畑に出てお茶の様子を見守っています。
精魂込めて育てた自慢の抹茶をご賞味ください。
出雲抹茶の茶師
茶師・岡祐太は1987年9月15日に島根県出雲市斐川町に生まれ、地元の小学校・中学校・高校を卒業し、大学卒業後は東京でテレビにかかわる仕事をしていました。
27歳の時に家業であるお茶屋を継ぐために帰郷し今に至ります。
元テレビマンという異色の経歴を持ち、様々な視点から物事を見る事ができる発想力はお茶を見るうえでも大きく活き、お茶の仕事に就いてからわずか一年という異例のスピードで山陰利き茶選手権で優勝し、その後行われた全国大会でも優秀な成績を収め、28歳という若さで茶師五段の資格を得るという快挙を成し遂げました。
そんな彼が吟味を重ねた出雲抹茶をご賞味ください。
低農薬抹茶
茶樹が生き生きとして育つ環境を整えることを徹底して意識しています。
教科書通りの栽培方法では出雲地域に適した茶樹は育ちません。
徹底したスケジュール管理、品質管理の元これを実行しています。
肥料に関して言うと、これまでの肥料の多投という観点を大きく変え、茶樹や品種、各圃場の土壌に適した肥料設計を行っております。
栄養素だけでなく微量要素まで考え抜き、茶葉の色を意識した栽培方法を敢行しています。
また、圃場と直結する部分がホタル保全地域であること(実際茶畑の上を蛍が飛んでいます)地域の古くからある池や生態系を守っていきたいという地域の方たちの観点からも美しい自然を残していく地域との共創、共生が欠かせず、地域一体はもとより地域に溶け込むことを意識してお茶づくりをしております。

土地・土壌
出雲地方の抹茶の1人当たりの消費量は全国トップレベルです。
にも関わらず、島根県内で抹茶はまったく作られておらず県外産ばかりでした。
そこで出雲製茶が島根県初の抹茶の生産に乗り出しました。
広大な茶畑に433.700本のお茶の木を全て手で植えるところから始めました。
気候・風土
降水量は日本海側では少なく、日照時間が長い。
夏は暑く、冬は雪深い厳しい土地ですが元気に育っています。
生産・加工
抹茶が出来るまで(抜粋)
 茶葉投入→ 蒸機・超熱機・散茶機・乾燥炉(碾茶炉・レンガ炉)→ 荒茶碾茶
 荒茶碾茶→ 乾燥機・切断機・乾燥機・総合機(篩等)→ ブレンド→ 仕上碾茶保管
 仕上碾茶→ ボールミル(粉砕機)→ 篩
縁結びと神話の地・出雲
天上界を追われた湏佐之男命は、出雲国の肥河の上流の鳥髪というところに降りなさった。
湏佐之男命がその河の上流を訪れると、翁と老女がおり、その間で少女が泣いている。
翁は足名椎、老女は妻で手名椎、少女はその娘で櫛名田比売という。
湏佐之男命が泣いているわけを尋ねなさると、翁が答えて申すには、
「私の娘はもともと八人おりました。ところが八俣大蛇が毎年やってきて娘を食ってしまうのです。今年もそのときがやってまいりました。それで泣いているのです」と。
そこで湏佐之男命は翁に言った。
「そなたの娘を私にくれ。私は天照大御神の弟であり、故あって天上より降って参ったのだ」と。
老夫婦は「そのようなお方とは恐れ多いことです。娘を差し上げましょう」と申した。
すると湏佐之男命はその少女を術で櫛に変え、その御髪(おぐし)に刺し、老夫婦に命じて濃い酒を造らせ、垣を廻らせ、棚を設けさせ、その棚ごとに酒桶を置き、醸造した酒を注がせた。
こうして待っていると、八俣大蛇がやってきた。
大蛇は桶のひとつひとつに頭を突っ込んで酒を飲み、大いに酔って寝込んでしまった。
そこで湏佐之男命は腰に佩いた十拳剣を抜き放ち、大蛇をずたずに斬り裂いたところ、肥河は血の河となって流れた。
大蛇の尾の中ほどを斬ったときに、剣の刃がこぼれた。
不思議に思い、剣の先で刺し裂くと、都牟羽の大刀が出てきた。
湏佐之男命はこの大刀は尋常ではないと思い、天照大御神に献上なさった。これが草那芸の大刀である。
こうして大蛇を退治した湏佐之男命は、宮殿を造るべきところを出雲に求め、お造りになったとき、その地から雲が立ち上った。
そこで歌をお詠みになった。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(つまご)みに 八重垣作る その八重垣を